小説 現代小説

自分と被告人がリンクする「坂の途中の家」角田光代

娘を殺した母親は、
私かもしれない-。

小説の概要

著者:角田光代

平凡な主婦だった主人公の里沙子はある日、刑事裁判の補欠裁判員に選ばれてしまう。
事件は若い母親が生後8か月になる長女を浴槽に落とし死なせてしまったというものだった。
年齢も自分と近く、小さい子供がいて、夫はサラリーマンと里沙子と環境が似ていた。

裁判が始まり被告人や関係者の証言を聞いていうちに、里沙子は自分と被告人が重なってしまう。
里沙子の思考はどんどんと良くない方向に進んでいくのだが・・・。

登場人物

山崎里沙子

33歳。4年前に結婚。夫と文香という2歳の娘の3人家族。
それまでは子供服の会社で働いていた。実の両親とは折り合いが悪い。

山崎陽一郎

35歳。
設計事務所に勤めている。

芳賀六実

裁判員で一緒になった女性。
アパレル関係の仕事をしており、結婚はしているが子供はいない。

安藤水穂

30歳。被告人。専業主婦。
元輸入食品会社勤務。8か月の長女・凛を殺害する。

安藤寿士

34歳。水穂の夫。
不動産会社勤務。趣味や友人づきあいを優先するタイプ。

安藤邦枝

寿士の母親。書道教室をやっている。
裁判では当然ながら寿士寄りの証言をする。

穂高真琴

主婦。2人の子持ち。
寿士の元彼女で、寿士の相談に乗っていた。

虐待事件の概要

里沙子が担当したのは乳幼児の虐待死事件。
犯人は都内に住む30歳の母親・安藤水穂。

夫の安藤寿士は赤ん坊の体に痣があるのを発見。
妻を問い詰めると叩いた事を認めたので、自分も子育てに参加したり実の母親に訪問をお願いしたりと注意をしていた。

しかし、ある日水穂は8か月の長女をお風呂の浴槽に落としてしまう。
夫が見つけすぐに救急車で病院へ連れて行くも死亡してしまったという痛ましいものだった。

裁判員の里沙子と被告人の水穂の共通点

この2人にはいくつもの共通点があります。
一番の共通点は繊細で少し被害妄想の強い所と思います。

他にも

  • 自分の実家と折り合いが悪い
  • 夫はごく普通の会社員で育児にも割と協力的
  • 以前は勤めていたが今は主婦
  • 子供の年齢が近い。8か月と2歳
  • 義母たちが嫌がらず孫の面倒を見てくれる
  • はたから見れば割と恵まれている環境

初めは里沙子の家に何か重大な隠された困りごとがあるかと思ったけど、里沙子のネガティブな心情が書いてあるだけでごく普通の家庭だった。

小さな不満の蓄積が怖い

自分と似たような境遇の女性の裁判員をやることで少しナーバスになっている里沙子。
そして日々の本当に小さな不満が少しづつ心を蝕んでいく様子が怖かったです。

  • 義母に持たされた土産が重い
  • 夕食の用意をしたのに夫が帰ってこない
  • 夫の前だと甘えた様子を見せる我が子
  • 夫の前で叱ると虐待を疑われるのではという不安

そして裁判員の中で里沙子だけが寿士の証言にちょっとした違和感を感じることになります。
聞いている分には寿士は妻思いで、育児にも積極的に参加している良き夫でした。
しかし、里沙子は小さな違和感を見逃しませんでした。
一見良き姑にも思える寿士の母にも次第にイラついていきます。

それにしても本当に繊細過ぎます。

義母が送ってきたサプリメントや漢方薬をありがたく思うのではなく、嫌がらせと捉えるあたりは、読んでいて若干うんざりしてしまいました。

自分の育った環境による

この話は自分の育ってきた環境によって感じ方が変わるのかもしれません。

里沙子が結婚のときに夫の実家に挨拶に行くと仲の良い家族に驚きます。
そして、陽一郎の母親から陽一郎は優しくてしっかり者なんですと言われます。

このことに里沙子は衝撃を受けました。
そして陽一郎の家族に嫉妬をしてしまいます。
自分にもあんな風に言ってくれる親がいればいいのに。

この時の里沙子の気持ちは手に取るようにわかりました。

自分は鈍感なのかも

とにかく里沙子と水穂は傷つきやすく、被害妄想が強すぎて、そんなことで傷つくのかと思いました。
しかし、こう思うのはもしかしたら自分が鈍感な人間なのかもとも考えさせられました。

例えばこの場面

友達が遊びにくるということをふつうの人ならば前もって夫に断るが、水穂はそういう気がまわらない。
その友達に出前のピザを平気で食べさせる神経の持ち主だ。

「坂の途中の家」より

これ読んでビックリしました。
友達が遊びに来るときは夫に知らせて、そしてピザのデリバリーは非常識なのか。
えーって感じです。ピザは失礼だなんて考えた事もなかったです。

そして最後の方ですが裁判員の1人である年配の女性はこう言います。

「でも、今の話、みんな悪い人にさせすぎだわ。悪くとりすぎよねえ。子育てで大変で被害妄想的になったというよりも、
もともとそういう人なんじゃないかしらと私なんかは思っちゃう」

「坂の途中の家」より

私の意見はほぼコレです。このおばさまの意見に近いです。

好きなシーン

好きな場面はいくつかありましたが

一番インパクトが強かったのが
夜道で泣いてぐずる文香を里沙子が置き去りにして物陰から監視している場面です。
もちろん里沙子は文香がすぐに自分を追いかけてくると思ってわざと愛の鞭としてやったことでした。
しかし、そこへ偶然夫が帰ってくるという最悪のタイミング。

昼間ならいざ知らず、夜道に我が子を置き去りにするなんて!と夫からしたら当然そう捉えます。
この場面の緊迫感がすごくて読みごたえがありました。

後は2歳の長女文香が泣きわめいて、父親の陽一郎に抱かれた後に
ちらっと里沙子を見る目つきに里沙子が苛立っているシーンも。
もちろん2歳の子がそんな悪だくみをするはずがないと分かっていても里沙子のイライラは止まりませんでした。
このシーンも我が子をそういう目で見てしまうんだと怖かったです。

「坂の途中の家」を読んだ感想

筆力がすごいです。
私は結構子供好きな方だと思いますが、それでも読んでいるうちに段々里沙子の2歳の娘文香が鬱陶しく感じてしまいました。

姑や夫の好意を悪意に捉える里沙子には共感できませんでしたが
文香にイラつく気持ちは十分に分かりました。

ラストはどっちつかずというか、離婚するのかどうするのか分かりませんが
私は多分しないと考えます。

専業主婦の里沙子はまた働こうかなと軽い調子で陽一郎に行ってみます。
多分反対されると思って、言ってみたのでした。
しかし、陽一郎からは意外な返答が返ってきます。

「うん、それもいいんじゃない」と言い、里沙子は驚く。否定されなかった。

「坂の途中の家」より

その後、自分は陽一郎を誤解していたのでは、裁判にかかわるうちに被害妄想にとらわれたのではと考えます。
確かに裁判で少し精神が過敏になっていたのだと私も思います。

多分、その後は色々あったけどやっぱり私たち夫婦よね。みたいなハッピーエンドであってほしいですね。

テレビドラマ化

2019年に柴咲コウさん主演でテレビドラマ化しています。
夫の陽一郎役には田辺誠一さんです。
いい配役ですね。イメージに合っていると思います。
サブスクで探してみたけど配信している所はないようで、見ることが出来ませんが機会があれば見てみたいです。

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